なぜ紙は水に濡れると弱くなるのか?身近なフシギ
私たちの日常生活に欠かせない「紙」。乾燥した状態ではある程度の強度があり、文字を書いたり、物を包んだり、様々な用途に使われています。しかし、一度水に濡らしてしまうと、驚くほど簡単に破れてしまう、という経験は誰にでもあるのではないでしょうか。
なぜ、紙は水に濡れると途端に弱くなってしまうのでしょうか。この身近な現象にも、科学的な理由が隠されています。
紙が丈夫なのは「繊維の結びつき」のおかげ
まず、紙が乾燥した状態でなぜ丈夫なのかを見てみましょう。紙は、主に植物の繊維から作られています。この繊維は「パルプ」と呼ばれ、その主成分は「セルロース」という物質です。セルロース分子は、細長い鎖のような形をしています。
紙を作る過程では、このパルプ繊維を水に混ぜてバラバラにし、それを漉(す)いてシート状にします。水分が蒸発していく際に、一つ一つのセルロース繊維同士が、目に見えない小さな力で互いに強く結びつきます。この結びつきを「水素結合」と呼びます。
例えるなら、たくさんの短い糸(セルロース繊維)を複雑に絡ませ、さらに目に見えない糊(水素結合)で強力に貼り付けているような状態です。この水素結合がたくさんできることで、繊維全体が一体となって非常に強固なネットワークを作り出し、乾燥した紙の強度を生み出しているのです。
水が「結びつき」を邪魔するメカニズム
ここに水が加わるとどうなるでしょうか。水分子(H₂O)は、酸素原子と水素原子が結合した形をしており、電気的な偏りを持っています。酸素原子の側はわずかにマイナス、水素原子の側はわずかにプラスの電気を帯びています。このような性質を持つ分子は、互いに引きつけ合ったり、他の同様の性質を持つ分子とも結合しやすい性質があります。これが、先ほど説明した水素結合です。
紙が水に濡れると、水分子は紙の繊維の間に素早く入り込みます。そして、この水分子が、紙のセルロース繊維同士の間に割り込むように存在します。
水分子は、紙のセルロース繊維の表面とも非常に仲が良く、セルロース分子とも水素結合を作ることができます。ここで重要なのは、水分子がセルロース繊維同士の直接的な水素結合の「間に割り込み」、代わりに水分子自身がセルロース繊維と水素結合を結んでしまうということです。
想像してみてください。乾燥した紙の繊維が、たくさんの手で互いに強く握り合っている状態です。そこに水という別の存在が入り込み、繊維が握っていた相手の手を離させて、代わりに水自身が繊維の手を握ってしまうようなものです。
強度が失われる理由
このように、水分子が紙のセルロース繊維間の水素結合の多くを奪ったり、弱めたりすることで、繊維同士が以前ほど強く結びついていられなくなります。繊維間の強固なネットワーク構造が崩されてしまうのです。
繊維同士の結びつきが弱くなった状態で紙を引っ張ったり、曲げたりすると、乾燥した状態であれば耐えられたはずの力が、繊維間の弱くなった結合によって簡単に切れてしまいます。結果として、紙は簡単に破れてしまうのです。
まとめ
紙が水に濡れると弱くなるのは、紙を構成するセルロース繊維同士を強く結びつけている「水素結合」を、水分子が「奪ったり」「弱めたり」してしまうためです。水分子が繊維間に入り込み、代わりに繊維と水素結合を作ることで、繊維同士の結びつきが緩み、紙全体の強度が著しく低下します。
このように、身近な現象である「濡れた紙が破れやすい」ということも、ミクロな分子レベルでの水の働きや、物質の構造といった科学的な視点から理解することができるのです。日々の生活の中に潜む「なぜ?」を考えることは、自然のフシギを発見する第一歩と言えるでしょう。