なぜ植物は上に伸び、根は下に伸びるのか?重力屈性の科学
私たちの身の回りにある植物を見ると、ほとんどの場合、茎は空に向かってまっすぐ伸び、根は地面に向かって伸びていることに気がつきます。鉢植えの植物をうっかり横倒しにしてしまっても、しばらくすると茎の先が再び上向きに曲がり始めます。
これは、植物が自分にとって最も良い環境、つまり光合成に必要な太陽の光を最大限に浴びるために上へ、水分や養分を吸収するために下へ、と効率よく成長するために備わった仕組みです。では、植物はどうやって「上」や「下」を認識し、重力に逆らって適切な方向に成長するのでしょうか?
このフシギな能力の鍵を握るのが、「重力屈性(じゅうりょくくっせい)」と呼ばれる性質です。
重力屈性とは何か
屈性とは、植物が特定の外部刺激(光、重力、接触など)に対して、その刺激の方向や性質に応じた方向へ曲がって成長する性質のことです。そして、重力屈性は、刺激が「重力」である場合の屈性です。
重力に対して茎が上向きに成長する性質を「負の重力屈性」、根が下向きに成長する性質を「正の重力屈性」と呼びます。植物は、この重力屈性のおかげで、暗闇の中でも正しい方向(茎は上、根は下)へ伸びることができるのです。
植物はどうやって重力を感じるのか?
私たち人間が耳の中にある三半規管などでバランスや重力を感じるように、植物も重力を感知する特別な仕組みを持っています。その主要な役割を担っていると考えられているのが、「アミロプラスト」という細胞小器官です。
アミロプラストは、植物の茎や根の先端にある特定の細胞の中に含まれており、内部にはデンプン粒が詰まっています。このデンプン粒は、細胞の中で重力に従って沈む性質があります。まるで、水の入ったコップの中に砂を入れると砂が底に沈むようなイメージです。
植物の細胞が傾くと、中のアミロプラストも重力の方向、つまり「下側」に移動して細胞膜を押します。植物はこのアミロプラストの沈降や移動を感知することで、自分がどの方向に対して傾いているのか、つまり「重力の方向」を認識していると考えられています。
重力感知が成長の方向を決める仕組み
重力を感知した植物は、その情報を成長を調節する「植物ホルモン」、特に「オーキシン」という物質の働きに反映させます。
オーキシンは、植物の成長点で作られ、茎や根の中を下へと運ばれていきます。通常、オーキシンは均等に分布しているため、茎や根はまっすぐ伸びます。
しかし、植物が横倒しになるなどして重力に対して傾くと、重力を感知した細胞からの信号を受けて、オーキシンが下側に多く運ばれて偏って分布するようになります。ここからが面白いところです。
- 茎の場合: 茎の細胞は、オーキシンの濃度が高いと細胞が長く伸びる(伸長する)のが促進されます。そのため、下側にオーキシンが多く集まると、下側の細胞だけがより速く長く伸びます。結果として、茎は上向きに曲がることになります。
- 根の場合: 根の細胞は、茎とは逆に、オーキシンの濃度が高すぎると細胞の伸長が抑制されます。根が横倒しになると、下側にオーキシンが多く集まりますが、その濃度が根の成長にとっては高すぎると、下側の細胞の伸長が遅くなります。逆に上側の細胞はオーキシン濃度が適度なためよく伸びます。結果として、根は下向きに曲がることになります。
このように、同じオーキシンというホルモンであっても、茎と根では反応の仕方が異なるため、重力に対する反応として、茎は上へ、根は下へと、それぞれ逆方向に曲がって成長するのです。
重力屈性の重要性
植物が重力屈性を持つことは、生きる上で非常に重要です。
- 茎が上向きに伸びることで、光合成に必要な太陽の光を効率よく集めることができます。
- 根が下向きに伸びることで、土の中の水分や養分をしっかりと吸収し、植物体を支えることができます。
もし植物が重力屈性を持たなかったら、種子から芽生えても、光や水、栄養を得るのに適した方向に成長できず、生き延びることが難しくなるでしょう。
身近な植物が、目には見えない重力をしっかりと感知し、驚くほど巧みに成長の方向を調整している。これもまた、自然界に潜むフシギな科学の一つなのです。