なぜゴムは伸びたり縮んだりするのか?身近な高分子のフシギ
私たちが普段、何気なく使っている輪ゴムや、靴のソール、タイヤなど、様々な場所にゴム製品があります。これらのゴムは、引っ張ると長く伸び、手を離すと元の形に戻るという、不思議な性質を持っています。この「伸び縮み」という当たり前の現象に、実は奥深い科学の原理が隠されているのをご存知でしょうか。
ゴムの正体は「高分子」
ゴムが伸び縮みする秘密は、その物質の構造にあります。ゴムは、「高分子」と呼ばれる非常に長い鎖状の分子が集まってできています。例えるなら、たくさんの細くて長い糸がぐちゃぐちゃに絡み合った状態を想像してみてください。
天然ゴムの主成分はイソプレンという小さな分子がたくさんつながってできた「ポリイソプレン」という高分子です。合成ゴムも、これに似た構造を持つ様々な高分子から作られています。これらの高分子は、炭素原子を主とした骨格を持ち、まるで長いヘビのように、自由に曲がりくねることができます。
引っ張ると分子は伸びる
この、ぐちゃぐちゃに絡まり合って自由に動き回っている長い高分子の鎖を、私たちがゴムを引っ張ることで無理やり引き伸ばすとどうなるでしょうか。絡まり合っていた長い糸(高分子)が、引っ張られる力によって引き延ばされ、ある程度まっすぐに引き揃えられた状態になります。
このとき、個々の分子の「形」が変わるというよりは、分子全体の「配置」が変わる、と考える方が正確です。縮んだ状態では様々な方向に分子が絡み合っていますが、伸びた状態では引っ張る方向に分子の鎖が並びやすくなるのです。
離すと元に戻ろうとする力:エントロピー弾性
さて、ここからがゴムの最も不思議な点です。なぜ、引っ張るのをやめると、ぴゅっと元の縮んだ状態に戻るのでしょうか。金属バネのように、分子そのものが変形して元に戻る力(内部エネルギー弾性)とは少し違います。ゴムのこの性質は、「エントロピー弾性」と呼ばれています。
エントロピーとは、簡単に言うと「乱雑さ」や「無秩序さ」の度合いを表す概念です。自然界のものは、特別なエネルギーを加えない限り、より乱雑で無秩序な状態、つまりエントロピーが大きい状態になろうとする傾向があります。
ゴムの高分子にこのエントロピーの考え方を当てはめてみましょう。
- 縮んだ状態: 高分子の鎖は自由にあちこち曲がりくねり、ぐちゃぐちゃに絡まり合っています。これは非常に多様な分子の配置が可能であり、乱雑でエントロピーが大きい状態と言えます。
- 伸びた状態: 高分子の鎖は引っ張られて引き延ばされ、ある程度方向が揃っています。これは分子の配置の自由度が少なくなり、整然としていてエントロピーが小さい状態です。
自然はよりエントロピーが大きい状態(乱雑な状態)を好みます。そのため、引っ張るのをやめて外部からの力がなくなると、ゴムを構成する高分子は、より乱雑で多様な配置が可能な「縮んだ状態」に戻ろうとするのです。これが、ゴムが元の形に戻る力の正体、「エントロピー弾性」の基本的な考え方です。
架橋構造が形状を保つ
もし高分子の鎖がただ絡まっているだけだと、一度引き延ばされたらそのまま元に戻らず、絡まりがほどけてしまったり、形が崩れてしまったりする可能性があります。輪ゴムが何度も使っても元の形に戻るのは、分子の鎖が完全にバラバラにならないように、分子の途中がいくつかの点で化学的に結合されているからです。この結合を「架橋」と呼びます。
架橋は、例えるなら、たくさんの長い糸をところどころ縫い付けて、全体の形が崩れすぎないようにするようなものです。引っ張ると糸は伸びて整列しますが、縫い付けられている箇所があるので、完全にバラバラにはならず、張力がなくなると縫い付けられた点を基準にまた絡まり合って元の形に戻ろうとします。この架橋構造があることで、ゴムは弾力性を保ち、伸びても元の形に戻ることができるのです。
身近なゴム製品と科学
輪ゴムを伸ばすと少し熱くなるのを感じたことがあるかもしれません。これもエントロピー弾性に関わる現象で、乱雑な状態から整然とした状態へ変化する際に熱が発生するためです。
自動車のタイヤ、ゴム手袋、クッション材、衣料品のゴム紐など、私たちの身の回りには様々なゴム製品があります。これらの製品が持つ「弾力性」という機能は、この高分子の鎖が持つエントロピー弾性と、それを支える架橋構造によって実現されています。
普段何気なく使っているゴムの「伸び縮み」という性質の裏には、高分子という長い分子の面白い動きと、自然が乱雑な状態を好むというエントロピーの考え方、そして分子と分子をつなぐ架橋という化学的な仕組みが隠されているのです。身近なゴム一つをとっても、物理学や化学のフシギが詰まっていることを感じていただけたら幸いです。